第四回 平安仏教の思想ー最澄と空海ー

第四回 平安仏教の思想ー最澄と空海ー


目次

4.0 はじめに

日本と仏教

前回「3.6まとめと感想」で、新たな思想はその時代の要請に基づいて発展していくと書いた。平安の新しい仏教思想も「生まれるべくして生まれた」背景がある。特に天台宗は総合的な体型を持ち、ここから鎌倉時代の開祖たちが巣立っていく。ここではそうした流れを意識しながら、天台宗と真言宗の開祖である二人の僧を対比させながら学びたい。

学習の狙い

天台宗は、その後の鎌倉仏教の始祖たちの学びと修行の場であった。また、真言宗の開祖空海も後生に大きな影響をもたらす。平安仏教は貴族の精神生活にも深く関わる。その成立の意味や展開を学び、日本仏教とは何かの理解を深める。
清水正之 著『日本の思想』(放送大学教育振興会) p.52

内容

平安仏教の基礎を築いた最澄と空海をとりあげ、奈良仏教との対立の意味、古代仏教のあらたな展開とその思想をみる。
放送大学ホームページ、シラバスより

キーワード

最澄空海密教

KNブログ ―日本史についての雑文その339最澄と空海―


4.1 平安仏教の成立

称徳天皇(即位:七六四〜七七〇年)が道鏡を次期天皇にしようとして失敗(諸説あり)。称徳天皇の死(七七〇年)によって天武天皇系の系譜が絶えて天智天皇に皇位が戻る。次に即位した光仁天皇(即位:七七〇〜七八一年)は仏教勢力による政治の介入を嫌い、次の桓武天皇(即位:七八一〜八〇六年)の時に平安京に遷都した(七九四年)。奈良仏教の諸宗派は平城京にとどめ置かれた。

かくして平安京には宗教的な空白がうまれ、ここに新たな天台宗と真言宗が発達する土台ができた。八〇四年(平安遷都から十年後)後に日本天台宗をおこす最澄と真言宗をおこす空海は遣唐使で中国へ留学する。


4.2 最澄と天台の思想

最澄は近江の国の官僧であり、一九歳の時に東大寺で具足戒を授かり、その後比叡山にて一二年間修行する。入山に当たって最澄は三二の願(さんにぃのがん、つまり五つの願文)を作る。

願文の一部

原文

愚中極愚。狂中極狂。塵禿有情。底下最澄。上違於諸仏。中背於皇法。下闕於孝礼。 謹随迷狂之心。発三二之願。

書き下し文

愚が中の極愚、狂が中の極狂、塵禿の有情、底下の最澄、上は諸仏に違い、中は皇法に背き、下は孝礼を闕く。 謹みて迷狂の心に随い三二の願を発す。

読み方

ぐがなかのきょくぐ、きょうがなかのごくきょう、じんとくのうじょう、ていげのさいちょう、かみはしょぶつにたがい、なかはこうほうにそむき、しもはこうれいをかく。つつしみてめいきょうのこころにしたがいさんにぃのがんをほっす。

教科書ではこの部分のみを掲載していますが、Web サイト「悠悠三界」の『願文(がんもん)』を読むというページでより詳しく願文が確認できます。(このページでは「願文」を「がんもん」と読んでいます。授業では「がんぶん」と読んでいます)

最澄は自分自身が世俗の汚れにまみれて、生きることの苦しみを感じていたため、解脱の味を独り占めすること(自度)ではなく、衆生を救済する大乗の教え(他度)を求めた。これは、それまで鎮護国家をベースとした祈祷を行う学問的な仏教から衆生を救済するという庶民的な平安仏教への転換という点で大きな意味を持つ。

最澄は八〇四年の遣唐使で中国へ留学し、円教(法華経)、密教、禅、大乗戒の四宗を学び(四宗兼学という)すぐに帰国した。最澄は国立戒壇を作ろうとした。当時、事実上唯一の戒壇であった東大寺では具足戒(上座部仏教で出家するときに与えられる戒)と大乗戒(大乗仏教の戒、大乗では出家と在家で同じ戒を与えられる。菩薩戒とも言う)を授けていたようで、最澄はこれに対して大乗戒のみで足りるとした。

このあたりの流れは、「KNブログ ―日本史についての雑文その339最澄と空海―」がわかりやすい。

3.2.3 差別と平等

天台宗が大乗戒壇を目指す背景には一乗思想がある。上座部仏教では悟りのあり方を三段階(釈迦の教えを直接聞いて悟る、師匠なしで悟る、自分だけでなく他人を悟りに導く)が、天台宗ではこれらはすべて段階的な方便でありどの段階でも最終的に成仏するという考え方である。最澄のこの主張に対して反論した会津の徳一(法相宗)という僧が論争をした。法相宗では唯識説に立ち、すべてのものに悟れるかどうかの先天的な区別があるとした(五姓各別、三乗説)。つまり、声門、縁覚、菩薩のどの段階にもなれない人、どの段階にもなれる人があらかじめ決まっているとした。法相宗では法華経を釈迦の直接的な教えとはとらえず、修行者を励まして努力次第で小乗にも大乗にも至れる人を大乗の方に導くための方便であると考えた(つまり、やればできる子だけを対象としている)。これに対して天台ではこれらの段階こそが方便であり衆生はすべて成仏しうる、そして本来衆生は仏であるというのが釈迦の教えだとした。 五姓各別、三乗説とは直接関係ないが、唯識については学んでおくとよい。『わかる唯識』がおすすめ。

大乗戒壇は最澄の死後に勅許された。

3.2.4 本覚思想

本覚思想とは現実をあるがまま肯定するという考え方である。一乗思想からさらに踏み込んで、衆生には生まれながらにして悟りを開く素質がある、いや衆生こそが仏であるとし、凡夫は凡夫のままでよい、修行をする必要はないというところまでに達した。山川草木すべて仏であるとした融通無碍さは日本に限らず東アジアによくみられる発想なのだとか。

鎌倉時代に出てくる諸宗派の開祖たちは一部を除き比叡山天台宗で学んでいる。日本天台宗の影響を受け、また反発した鎌倉仏教の開祖たちに強い影響を与えている。


4.3 空海と真言密教の思想

4.3.1 弘法大師空海

空海(七七四〜八三五年)の来歴は、彼の著書『三教指帰(さんごうしいき)』から推測できる。空海は豪族の家に生まれ学問に励むが、都会の軽薄な文化に染まり定まらない生活をしていたようである。しかしあるとき、僧から百万遍唱えればこの世にある一切の経文を暗記できるという「虚空蔵求聞持法」を知り仏教の世界に入る。四国遍路で(一部だけかも?)修行をしたと言われる。

八〇四年に遣唐使として中国へ渡り、そこで胎蔵界と金剛界の両部密教を伝授される(二〇年の予定で留学しに行ったが二年ですべてを体得したらしい)。帰国後、嵯峨天皇に気に入られて真言密教は次第に広がっていく。

4.3.2 『三教指帰』の思想

空海が二四歳の時(七九七年)、儒教、道教、仏教の三つの教えを比較した、ドラマ仕立ての『三教指帰』という本を書いた。それぞれが自分の教えの正当性を主張するが最後は仏法僧の教えに皆が感動するというストーリー。日本初の比較思想論とされる。具体的な人を描いて教えを語らせるあたりが空海っぽい。原文は漢文で書かれている。内容をつかみたい場合は『口語訳 三教指帰』がためになる。

4.3.3 『十住心論』

空海はより具体的な形で思想を説こうとした。その姿勢は『十住心論』にもみられる。人の心のが善悪を知らない状態から究極的な悟りに至るまでの垂直的な上昇を具体的な状態とその思想・宗派を並べて表現した。

段階 思想・宗教 住心 特質  

1

なし

異生羝羊住心

いしょうていようじゅうしん

善悪を知らない凡夫の迷う心本能的で欲深い

本能的

2

儒教

愚童持斎住心

ぐどうじさいじゅうしん

道徳を知る段階

善に向かう兆候

倫理性

3

インド哲学

老荘思想

嬰童無畏住心

ようどうむいじゅうしん

仏教以外での限界を知る

宗教心の芽生え

宗教心

4

仏教

小乗

顕教

唯蘊無我住心

ゆいうんむがじゅうしん

事物の本質は存在しないと気づく

小乗の声聞乗の境地

無我心

5

抜業因種住心

ばつごういんしゅじゅうしん

自分の迷いはなくなる

他人は救わない

縁覚乗の境地

自利的

6

大乗

他縁大乗住心

たえんだいじょうじゅうしん

すべての衆生を救おうとする大乗仏教の第一歩

法相宗の修行者

利他的

7

覚心不生住心

かくしんふしょうじゅうしん

三論宗の修行者

空の境地

8

一道無為住心

いちどうむいじゅうしん

天台法華の教え

生命観

9

極無自性住心

ごくむじしょうじゅうしん

華厳宗の教え

価値観

10

密教

秘密荘厳住心

ひみつしょうごんじゅうしん

大日如来の教え

真言密教の境地

絶対観


4.4 中国仏教と天台宗・真言宗

中国天台宗は法華経を最高の教典とした。中国でも日本でも天台宗に対抗する存在が華厳宗である。華厳宗は一つの塵のなかに無限の世界があるという一即多の教義により、現実そのものが真理の出現であると説いた。華厳宗は盧舎那仏を中心に置くが、東大寺の大仏もこの盧舎那仏である。鎮護国家という現実肯定が中国仏教の特徴であるとするならば、日本の仏教にも影響を与えているといえる。

4.4.1 密教とは

釈迦が生前に説かなかった教えを密教という。生前に説いた教えは顕教という。密教は大日如来の直接の教えであり、釈迦は大日如来が姿を変えて衆生を救済するためにこの代に姿を現したとする。


4.5 まとめと感想

最澄と空海、その共通点はやはり大乗の僧たろうとした姿勢だと思う。最澄は自分自身の罪深さをよく知っていて、悟りの味を独り占めせず衆生を救済したいと願った。空海はより実践的・経験的な態度で衆生の人間くさい部分に真っ正面から向き合った。いずれにせよ、鎮護国家をベースとした奈良仏教から衆生の救済へと宗派の規模でシフトしたというのは大きな意義を持つ(もちろん衆生を救済しようとした僧は過去にも多くいたこと、平安貴族が仏教とりわけ密教の加持祈祷に大いに依存していたという点も忘れてはならないが)。天台の学問的な幅広い教学からシンプルで純粋な ―そして洗練された― 鎌倉仏教の開祖たちが育っていったのは殊更に興味深い。また、山林で修行をしたという空海はどこかで日本的な神々とのつながりを感じさせる。

口語訳 三教指帰

口語訳 三教指帰

授業ではダイジェストしか触れられなかった三教指帰。この本では原文(漢文)とそれを書き下した文、解説が載っていて非常にわかりやすい。原文を眺めて雰囲気をつかむだけでも悪くない。三教指帰の口語訳を探していたところ、近所の図書館で見つかったのがこの本だけだったが、アマゾンで見る限りいくつか種類があるようなので、最寄りの図書館にある口語訳・解説の本を見るとよい。

わかる唯識

わかる唯識

この科目では法相宗についてあまり取り上げていないが、行基、道昭、徳一などは法相宗の僧であり、特に唯識について深く研究する宗派(学派?)である。哲学的、深層心理学的なアプローチで現代人にもわかりやすい。仏教の根幹をなす思想の一つである空や縁起についても理解を深められる良著。おすすめ。

仏教(図解雑学)

仏教(図解雑学)

広く浅く。見開き2ページに1トピックでわかりやすい。仏教の誕生から現代に至るまで、地域ごと、時代ごとに簡潔にまとめている。インド仏教や釈迦について簡単に学び、途中を飛ばして後半の日本仏教史を読むとよい。主な教義も解説しているし、神道との対立・融合について、中世や近世にはいってからの仏教についても解説している。図書館には必ずあると思うので一度は借りて興味のあるところを読むとよい。

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