第一回 神話の思想

第一回 神話の思想


目次

1.0 はじめに

思想史を学ぶ上で

第一回は神話の思想と題しているが、神話について講義しながらもこれから思想史を学ぶ上での注意点が織り交ぜられている。まずはこの注意点だけを抜き出して以下にまとめた。

  • 思想は古典との対決をもって表れる
  • 思想を考える際は、人間・自然・超越的存在(神)の三者関係を考える

以降の学習でも、この二点を意識しておくと思想の流れ、展開などが理解しやすくなる。

学習の狙い

これから全十五回にわたって、「日本の思想」と題して日本の思想を代表する思想潮流を、作品あるいは人物に焦点を当てて講義していく。まずは神話を題材に、日本の思想に始源に関わる問題からはじめ、日本の思想を学ぶ意味を考えていきたい。
清水正之 著『日本の思想』(放送大学教育振興会) p.11

内容

日本の思想の研究といわれるものは、明治期に始まったといえる。日本の思想を学問的に研究することの意味、なにを対象とするかを考える。また、中国史書等、他者のまなざしによって描かれた日本という状況から、自らの自己意識をもつにいたった経緯を古代の思想、とくにいわゆる神話の思想から考える。
放送大学ホームページ、シラバスより

キーワード

古事記 日本書紀


1.1 思想の展開の場としての日本列島の地理的位置

1.1.1 日本という境域の成立

思想史を考える上で、文字で記録されたテキストを扱う。日本には長らく文字がなかったため、もっとも古い記録は中国のものになる。

日本列島の誕生

時代 出来事
地球誕生から数十億年 日本は大陸の一部
2,600 万年前 断層で原日本海が誕生、内海化する
1,000 万年前 陸続きながら日本列島の原型誕生
2 万年前 大陸との最後の陸橋
1 万 8 千年前 朝鮮海峡誕生
1 万 2 千年前 宗谷岬誕生(列島誕生)

日本の本州に比べて沖縄は早い時期に中国から分離しているため、その文化や言語の独自性が生まれたと考えられる。列島では縄文文化、弥生文化が芽生えて稲作が広まっていく。ただし弥生文化=稲作ではないし、弥生文化が大和朝廷ひいては現代の日本へ通じる唯一の道ではない。

1.1.2 他者によって描かれた日本

無文字文化における思想潮流を探る方法はない。日本に文字が伝わったのは五世紀(諸説あり)。つまり、古層の日本はまず他者によって描かれることになる。『前漢書』地理誌(七六〜八六年完成)には「然して東夷の天性柔順、三方の外に異なる。(中略)楽浪海中に倭人あり、 分かれて百余国をなし、 歳時をもって来たりて献見すと云う」とある。『魏志』倭人伝では 三世紀の邪馬台国を記述したことで有名。食文化や気候、死の儀礼や慣習、社会体制が描かれている。古代の一時期と元寇のころをのぞけば、日本と大陸が直接対峙することはなかった。大陸は日本を支配の対象とは考えなかったようである。

大陸書物の問題点

魏志倭人伝 は三世紀末に作られ、同じく三世紀の邪馬台国について記している。 後漢書東夷伝 は五世紀に作られたが、西暦五七年に倭の国に印綬を下賜したとある。つまり、記述が前後しているため、どのくらい信用できるのかはわからない。

中国の動き

日本の動き

西暦五七年

倭の国に印綬下賜

三世紀末

魏志倭人伝(邪馬台国の風習など)

邪馬台国

五世紀

後漢東夷伝(西暦五七年、倭の国に印綬下賜)


1.2 『古事記』の成立

1.2.1 最古の思想作品ー『古事記』

古事記 は和銅五年(七一二年)に太安万侶によって作られる。 思想史研究においては、古事記をもって思想史上最古の作品とする。七世紀後半、天武天皇のときに諸氏族の伝承に誤りが多いので、「帝紀」と「旧辞」を定めて誤りを正し、稗田阿礼(ひえだのあれ)に帝皇日継(すめらみことのひつぎ)と先代旧辞(さきつよのふること)を暗唱させ、和銅四年(七一一年)に太安万侶(おおのやすまろ)に命じて暗唱していたものを書き起こした。献上は和銅五年(七一二年)。

古事記が献上された十二年後には『 日本書紀 』が完成する。これらの編集作業は、 天平文化 の直前。 大化の改新 以来の新しい国づくり、中央集権化の中で国の基礎(正当性)を歴史として残そうとしたのではないか。

古事記と日本書紀の謎

日本書紀には古事記の編纂の記録が残っていない。 古事記はその成立後、一部の神道家をのぞき、歴史上から姿を消している。 一方日本書紀は、成立後から官僚の教養として読まれ続けた。古事記は一筋の主題が貫かれているが、日本書紀は「一書に曰く(あるふみにいわく)」として多数の異説をあげるという形式になっている点が大きく異なっている。日本書紀の内容と古事記の内容は一致するものもあれば異なるものもある。

1.2.2 天地の始まり

古事記は天地の開闢から始まる。「天地初めて発れし時に、高天原に成りし神の名は、天之御中主神、 次に高御産巣日神、 次に神産 巣日神、 此の三柱の神は、並独神と成り坐して、身を隠しき」

「あめつち(てんち)はじめておこれし(ひらけし)とき、たかまがはらになりしかみのなは、あめのみなかぬしのかみ、つぎにたかみむすびのかみ、つぎにかみむすびのかみ、このみはしらのかみは、みなひとりがみとなりまして、みをかくしたまひき」

古事記ではこの世界は「成った」とされている。そして最初の三柱の神は姿を消してこの世の中の力動性として世界と一体化する。神々は高天原にいた。後に生まれたイザナギとイザナミによって葦原中国(あしはらのなかつくに)が生まれる。

世界の創世記神話には大きく分けて三種類あり、成る型、生む型、作る型がある。古事記は成る側の神話に生む型の神話が包摂されている。

1.2.3 高天原の神の降臨

この後の話は Wikipediaの古事記の項 を参照。また、古事記と日本書紀の内容を比較する事で、当時の時代背景や編纂の意図などが推測できる(参考書籍:『 神代の巻 (新・古事記伝 1) 』。

1.2.4 神とは何か

思想を考える上で、人間とは何か、自然とは何か、超越的なもの(神)とは何か、この三つとそれぞれの関係をみることが大事になる。古事記において神々は一神教の神よりもむしろ、ギリシャ神話の神々のような様相を呈している。神という言葉は優れた能力を持つものに対して使われたという本居宣長が記している。江戸時代、キリスト教の宣教師は God の訳語に神を使わなった。ミやチという言葉の方が神よりも古く、どちらも超越的な意味を表している。

江戸時代の儒者 新井白石 は、古事記に出てくる神々はみな人であると言った。 本居宣長 は、神代の人はみな神であったと言う。授業には出てこないが、アメリカの心理学者ジュリアン・ジェインズの唱えた二分心(Bicameral mind)という仮説によれば、古代の人は内なる声を神の声として”実際に”聞いていたという非常に興味深い見解もある(参考書籍:『 神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡 』)。近代日本の哲学者 和辻哲郎 は、神を四種類に分けて、祀る神、祀るとともに祀られる神、祀られるだけの神、祀りを要求するたたりの神とした。


1.3 記紀の思想史

同時代に成立したにもかかわらず、古事記と日本書紀は多くの点で異なる。日本書紀は成立直後から官僚の教養として読まれ、古事記は一部の神道家を除いて歴史から姿を消している。江戸時代の国学者、本居宣長は日本書紀を漢意(からごころ)に影響されたものとして古事記よりも一段下にみた。それは日本書紀という名前が他者を意識して(中国を意識して)つけられたという だけでなく、古事記が変体漢文で書かれていることと、日本書紀が漢文で書かれていることもあるだろう。


1.4 まとめと感想

日本に長らく文字がなかったため、古層の日本思想を理解する事は難しい。しかし、仏教が伝来する前の日本の思想は現代人の思想や今の社会にも確実に残っているはずだ。それぞれの時代でその時点での古典を振り返って考え直すことで常に新しい思想が生み出されている(思想は古典との対決によって現れる)。そうした展開の奥底に古事記や日本書紀の時代の感性が脈々と受け継がれているように思う。特に興味深いと感じたのは「敗者への暖かい眼差し」である。古事記の天孫降臨や日本書紀に見られる異説の数々は、編纂者側に都合の悪い事でもすべて消し去ってしまうことがない懐の深さ、包摂性を感じる。これは後の万葉集、平家物語などでも見られるし、日本的な判官贔屓の感性にもつながっているのではないか。

神代の巻(新・古事記伝 1)

古事記の上つ巻を現代語訳し、日本書紀の異説を交えながら当時の時代背景や編纂の意図をひとつひとつ明らかにしていこうとするもの。中つ巻、下つ巻もあるが、今回の授業で取り上げたところをおおまかに理解する場合は上つ巻のみで足りる。雰囲気をつかむだけなら詳細な異説の数々や表記についての深い考察をざっと読み飛ばしても問題ないと思う。

図説 古事記

古事記に描かれる世界を篠山紀信の写真を数多く配しながら解説する。私のように古事記のボリューム、難解さに尻込みをしてしまう人はまずこういった写真の多い本で古事記世界のイメージを持つのもよいかもしれない。雰囲気を味わうために。

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡

放送大学の共通科目「地中海世界の歴史」でこの説が取り上げられていたことを日本の思想の授業で思い出して実際に読んでみた。この授業とは直接的には関係ないが、古代人の意識、古代人と神々の関係を(証明不可能ながら)鋭い仮説で説明していく本。日本のいにしえの神々、そして漢字の伝来、仏教の伝来についても考えさせられるところが多い。お勧め。

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