第三回 仏教の受容とその展開ー古代の仏教ー

第三回 仏教の受容とその展開ー古代の仏教ー


目次

3.0 はじめに

日本と仏教

日本が仏教を受容して以来、日本の思想に仏教が与えた影響は多大なものがある。しかし、奈良時代から今に至るまでの日本仏教の思想は決して均質なものではなく、その時代その時代にあった形で変化を続けてきた。その点を踏まえた上で、まずは出発点となった奈良仏教を学び、そしてインドの仏教についても少し考えてみたい。

学習の狙い

古代から中世にかけての思想の展開には仏教が大きな影響を与えた。日本への仏教の伝来の経緯と、「因果応報」や「前世」「後世」「地獄」の観念など、その思想が与えた影響を、説話等に学ぶ。
清水正之 著『日本の思想』(放送大学教育振興会) p.39

内容

公式の仏教の伝来よりも前に、渡来人によって私的な信仰の対象として伝わっていた仏教。この異国の「神」をめぐって、日本の思想は新たな展開を示す。東アジアのなかでの日本仏教の特質、仏教以前の日本の宗教などとの関係も含め考察する。また奈良平城京の南都仏教、民間布教をした行基などの事績から古代仏教の展開と思想をみる。
放送大学ホームページ、シラバスより

キーワード

仏教聖徳太子日本霊異記


3.1 日本の仏教

3.1.1 仏教の受容と思想史

日本は、少なくとも歴史的に見れば仏教国である。仏教の中でもとりわけ、東アジアなどに分布する大乗仏教圏である。仏教の受容から儒教が盛んになる中世までの間、日本の思想史は仏教一色と言っても過言ではない。仏教の受容は漢字の伝来、儒教の伝来とほぼ時を同じくしている。支配者層にとって儒教は大切な教養の一つだったが、仏教が民衆に与えた影響は計り知れない。

3.1.2 仏教とは

世界三大宗教の一つ仏教は、紀元前五世紀にインドで生まれた創唱宗教注1。その後、南アジア、シルクロード、各地に広がった。中国国内に広まったのがいつかはわからないが、紀元前二世紀、前漢第十二代皇帝である哀帝の時代にイラン系の遊牧民大月氏族によって伝えられたという。その後漢訳が進み中国の動乱期に広まったと言われる。

仏教、特にインドの仏教は霊魂を否定する宗教である。これはインドの伝統宗教が我を実体注2として考えていたことに対抗していた。中国に伝わった後、儒家が魂の滅亡を唱えたのに対抗する形で中国仏教は霊魂が永遠であるという主張をするようになる。

釈迦は自分の教えを哲学的に正面から説明しようとしなかったという。そのため、後の人々はそれを解釈することになる。

注1 創唱宗教:ある人、あるグループによって提唱された宗教のこと。神道のような習俗的な意識から自然発生した自然宗教ではない。

注2 実体:哲学用語。それ自体で存在するもの。何かに付随して副次的・二次的・依存的に存在するものではない。


3.2 日本への仏教の伝来

中国同様、日本に仏教が伝わった正確な時はわかっていない。正式な記録としては欽明天皇の時代、五三八年に伝来したとされている。日本書紀によるとそれ以前に漢字や儒教が百済から伝来したと記録している。当時の日本と半島の密接な関係を考えれば、渡来人の私的な信仰として仏教が持ち込まれたと考えるのが自然であろう。

仏教の伝来は既存の民間宗教と対立した。その最たるものが崇仏派の蘇我氏と排仏派の物部氏による対立。崇仏派の蘇我氏が勝利する。

広く普及した仏教でも、それが外来のものであるという意識は深いところに残り続け、近世の反仏教論や明治の廃仏毀釈という発想へとつながっている。


3.3 仏教の受容史と『日本霊異記』

八二二年頃、薬師寺の私度僧注3の景戒(きょうかい/けいかい)が、中国の『応報奇譚』に倣って『日本霊異記』を書いた。仏教を受容してから三世紀がたつが、民衆にその教えが広まっていないと考えた景戒は日本に実際に起こった(とされる)奇妙な話を集めまとめた。

3.3.1 因果応報

日本霊異記の内容は、人をだまして私腹を肥やす偽の僧侶が火に焼かれたり、発育の遅い子をある僧侶の命により川に流したところ、その子は母が前世で借りを返していない相手であった(穀潰しになろうと思った)など、因果応報について説く内容となっている。まとまった説話集としては日本最古のもので、後の今昔物語などに強い影響を与えたと思われる。平凡社からでている『日本霊異記』を読んでみた。合計一一六の説話(重複するものも多い)が収められ、因果応報をひたすらに説くその内容は日本の昔話の土台を作ったようにも感じる。私度僧がたびたび登場する。ほかにも道昭、行基、聖徳太子なども登場する。

3.3.2 神と仏

仏教の受容は、(古代にとっての)近代国家の成立や神社制度の確立と重なる頃で、後の時代に進む神仏習合思想や本地垂迹注4などの土台ができた注5

注3 私度僧:僧になると労働や税金が免れるため僧になるものが多く現れた。国を脅かす要因になると考えられ、僧になるには官の許可制度となった。官の許可を得てない僧を私度僧と呼ぶ。

注4 本地垂迹:日本の八百万の神々は、仏教の神が権化となって現れたものだという、仏教>神道という考え方。

注5:ただし、仏教が既存の土着信仰を包摂するのは日本だけでなく、仏教の天がそもそもヒンドゥーの神々であるように(そしてヒンドゥーの神々はインドや周辺諸国の神々の融合・混在であるように)インドや中国にそしてヒンドゥー教や仏教にもこうした異なるものを取り込むという性質があったのではないか。


3.4 聖徳太子の伝説

仏教が聖徳太子を通じて二元的世界観をもたらしたとされる。つまり、この世界は真実ではなくどこかに本当の世界がもう一つあるという考え方。聖徳太子は十七条憲法を作ったとされる。その冒頭に有名な和をもって貴しとなす、という言葉があるがその続きも理解しておくべきだ。

一曰、以和爲貴、無忤爲宗。人皆有黨。亦少達者。以是、或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦、諧於論事、則事理自通。何事不成。

十七条憲法冒頭
一曰、以和爲貴、無忤爲宗。 一に曰く、和を以て貴しと為し、忤ふること無きを宗とせよ。
いちにいわく、やわらぎ(わ)をもちてたっとし(とうとし)となし、さかうることなきをむねとせよ。
一に、和を大切にしなさい。仲違いをしてはいけません。
人皆有黨。 亦少達者。 人みな党あり。また達れるもの少なし。
ひとみなたむら(とう)あり。また、さとれるものすくなし。
人は皆グループをつくり偏りがちである。また悟ることのできる人格者は少ない。
以是、或不順君父。乍違于隣里。 これをもって、或いは君父に順はず。また隣里に違えり。
これをもって、あるいはきみかぞ(くんぷ)にしたがわず、またさととなり(りんり)にたがえり。
このため、君主や父に従わず、近隣のものとうまくいかないものが出てくるのだ。
然上和下睦、諧於論事、 然れども、上和ぎ下睦びて、事を論うに諧うときは、
しかれども、かみやわらぎしもむつびて、ことをあげつらうにかなうときは、
しかし、上の者も下の者も協力・親睦の気持ちを持って議論をするならば、
則事理自通。 何事不成。 すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。
すなわちことおのずからつうず。なにごとかならざらん。
物事はうまくいくだろう。なんでもできる。

このように、単に仲良くするという話ではなく、上の者も下の者もグループの垣根を越えて自由闊達に皆で議論をしなさい、人は皆凡夫でありパーフェクトな人などいない、人と他人が違うということに腹を立てるな、人は皆違って当然である。独断を避けて皆で話し合って決めなさいという言葉なのだ。そのほかにも仏教を敬うことも書かれている。


3.5 仏教の新しい展開 (奈良仏教から平安仏教へ)

奈良時代の仏教は国が僧侶を育てる学問仏教であり、仏教によって国を守る鎮護国家という考え方があった。だがその反面、僧侶が政治を左右するほどの影響力を持つという結果も生むことになる。これをいやがった桓武天皇は官僧を平城京にとどめおいたまま都を平安京に移すことになる。

奈良時代の仏教は南都六宗を中心にしていた。六宗とは、三論宗(さんろんしゅう)、成実宗(じょうじつしゅう)、法相宗(ほっそうしゅう)、倶舎宗(くしゃしゅう)、華厳宗(けごんしゅう)、律宗(りっしゅう)である。まとめて奈良仏教とも言う。これらは宗派と言うより学派といった方が近い。後の真言宗や天台宗の二つに対しての呼び方で、この二つを入れて八宗とも言う。南都六宗はその後の平安仏教、鎌倉仏教、それ以降の仏教とは大きく性格を異にしている(学問仏教、鎮護国家)。


3.6 まとめと感想

今回の授業は得るものが非常に多かった。まず、仏教(インド仏教)が「我」を実体としてとらえていないこと、つまりは霊魂を否定しているということを知らなかった。これはすべてのものは関係性の上にのみ存在しているという縁起、空の思想を考えればたしかにその通りである。中国の儒教が魂の滅亡を主張したのに対抗する形で、仏教が霊魂を肯定するようになったとされるのは非常に面白い。日本の仏教史を見ても(仏教に限らないが)、過去に反発する形で新しい思想が生まれている。次の授業で取り上げる平安仏教にしても、奈良時代の鎮護国家や政治に介入する仏教に対抗する形で、広く衆生を救いたいという大乗仏教的な思想の開花を生み出す土台となったのではないだろうか。新たな思想は”その時代の要請を受けて生まれる”と感じた。

仏教 (図解雑学)

仏教 (図解雑学)

広く浅く。見開き2ページに1トピックでわかりやすい。仏教の誕生から現代に至るまで、地域ごと、時代ごとに簡潔にまとめている。インド仏教や釈迦について簡単に学び、途中を飛ばして後半の日本仏教史を読むとよい。主な教義も解説しているし、神道との対立・融合について、中世や近世にはいってからの仏教についても解説している。
図書館には必ずあると思うので一度は借りて興味のあるところを読むとよい。

日本霊異記

日本霊異記

ユーモアたっぷりで面白い。多少の突っ込みどころもあるが、広く大衆に向けて因果応報を説く内容としては非常によくできている。日本霊異記自体は上中下の三巻からなっているが、この本はその三巻をすべてまとめている。現代語訳のみで原典がないのが残念。しかし現代語訳は非常にわかりやすい。当時の人の生活も所々に窺える。前世や来世にまたがる因果という大きな力を強く感じていたことがよくわかる。

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