第八回 室町文化と芸道論

第八回 室町文化と芸道論


目次

8.0 はじめに

前回の鎌倉仏教では名だたる仏僧たちの思索を見てきたが、今回は文学、能、その他の芸道から考えてみたい。この回を終えて身近な芸道を今までより一段深い見方ができればと思っている。また、芸道の裏に潜む"日本的なる"思想についても考えてみたい。

学習の狙い

中世中期に当たる南北朝から室町時代の思想、および芸能の思想的背景を学ぶ。この時期は、前後の時代のような、スケールの大きい思想を輩出してはいない。しかし、この時期に完成した文化や芸道は現在のわたしたちの美の意識を、今も規定している。
清水正之 著『日本の思想』(放送大学教育振興会) p.111

内容

室町時代の文化の背景にあるものは禅などの仏教的世界観の新たな受けとめ方と、その芸術等への影響であった。歌道・能楽・茶道の背景にある思想、室町文化の諸相を探る。
放送大学ホームページ、シラバスより

キーワード

無常観 幽玄 わび・さび 徒然草 能狂言


この時代は個人に名を冠する事の出来る大きな思想家は生まれていない。しかし、華道、茶道、絵画、建築、能、狂言、庭園などの現代にも伝わる芸術や芸道が発達した時代である。この時代に武家的なものと公家的なものが融合された。"日本的"とされるものが定着した時代でもある。中国では元が滅びて漢民族の明が成立。再び大陸への注目が高まった。

8.1 徒然草

無常観

徒然草 第七四段
蟻の如くに集まりて、東西に急ぎ、南北に走る人、高きあり、賤しきあり。老いたるあり、若きあり。行く所あり、帰る家あり。夕に寝(い)ねて、朝に起く。いとなむところ何事ぞや。生(しょう)を貪り、利を求めて、止む時なし。
身を養ひて、何事をか待つ。期する処、たゞ、老と死とにあり。その来ること速(すみや)かにして、念々の間に止まらず。これを待つ間、何の楽しびかあらん。惑へる者は、これを恐れず。名利(みょうり)に溺れて、先途(せんど)の近きことを顧みねばなり。愚かなる人は、また、これを悲しぶ。常住(じょうじゅう)ならんことを思ひて、変化の理を知らねばなり。
私訳
身分の高い人、低い人、老人、若者、皆が蟻のように集まっては東西南北にかけずり回っている。彼らには行く場所があり、帰る家がある。夜になると寝て、朝になると起きる。こうした生活に彼らは何を求めているのだろうか。少しでも長生きしたいと思い、利益を求めて、その欲望はとどまるところを知らない。
自分の体を気遣っていったいどうしようというのだろう。だれもがその行く末には老いと死があるだけだというのに。死はあっという間にやってきて、一瞬たりとも待ってはくれないのだ。それまでの間にどんな楽しみがあるというのだろうか。心に迷いがある人は、老いや死を恐れず、名声や利益に溺れ、死が近づいていることを顧みない。愚かな人は世の無常を思い、老いと死を悲しんでばかりいる。変化の理を知らないからである。

日本の思想史では、死の到来はだれにでもある不可避なものであるから生きているうちにそのことを問題にすべきでないという考えが次第に近世に向けて出てくるのだが、この徒然草にその兆しがすでに見て取れる。

吉田兼好による徒然草は鎌倉時代(一三三〇〜三一年頃か)の成立だが、その感性は室町的なものであった。無常観という言葉自体はそれまでも仏教僧によって使われていたが、この時代からそれはやがて無常「感」という感性的なものへと変化した。

徒然草 第七五段
つれづれわぶる人は、いかなる心ならん。まぎるる方なく、ただひとりあるのみこそよけれ。
世に従へば、心、外の塵に奪はれて惑ひ易く、人に交れば、言葉、よその聞きに随(したが)ひて、さながら、心にあらず。人に戯れ、物に争ひ、一度は恨み、一度は喜ぶ。その事、定まれる事なし。分別みだりに起りて、得失止む時なし。惑ひの上に酔へり。酔ひの中に夢をなす。走りて急がはしく、ほれて忘れたる事、人皆かくの如し。
未だ、まことの道を知らずとも、縁を離れて身を閑かにし、事にあづからずして心を安くせんこそ、しばらく楽しぶとも言ひつべけれ。「生活・人事・伎能・学問等の諸縁を止めよ」とこそ、摩訶止観にも侍れ。
私訳
孤独な生活は寂しいという人たちがいるが、あれはいったいどういう了見なのだろう。世間と交わらずに孤独でいることこそよいというのに。
俗世間の中に入ればその雑事に振り回され、人と接すれば相手のことを気遣って本当の気持ちは話せない。一緒にふざけ合い、時に何かを巡って争い、勝った負けたと一喜一憂するばかりである。あっちのがいい、こっちのがいい、と欲望がやたらとわいてきて、いつも損得ばかりを考えている。迷っているうちに袋小路に入り込み、次第にそここそが世界だと勘違いしてしまう。だからあくせくと忙しいのに、ぼんやりとして大事なことを忘れてしまうのだ。人とはこういう生き物だ。
まだ本当の道が分からないからと言っても、縁を捨て一人になり、雑事に関わらず心を安らかにすることこそ、しばしの楽しみだといえる。「生活・人事・伎能・学問等の諸縁を止めよ」と『摩訶止観』にもあるではないか。

兼好は世に従い人と交わる事はこの無常の世界の中では無意味だと言い、摩訶止観まで引き合いに出すのだが、兼好自身は徹底的な世捨て人の生活をしていたわけではない。それは徒然草の中にたびたび登場する、俗世のばかばかしい(しかし非常にシビアなユーモアを伴う)エピソードからも窺える。俯瞰的に見れば、無常感とは世界のすべてが崩壊していくことであるが、その一段下には自然の恒常的な移ろい(恒常的に移ろうがその移ろいは規則的)があり、さらにその下に人間や生物のはかない突然の死がある。

徒然草 第一五五段
世に従はん人は、先づ機嫌を知るべし。序(つひで)悪しき事は、人の耳にも逆らひ、心にも違ひて、その事成らず。さやうの折節(おりふし)を心得(こころふ)べきなり。
ただし、病を受け、子産み、死ぬる事のみ、機嫌を計らず、序悪しとて止む事なし。生・住・異・滅の移り変る、まことの大事は、猛き河の漲(みなぎ)り流るるが如し。しばしも滞らず、直ちに行ひゆくものなり。
されば真俗につけて、必ず果たし遂げんと思はん事は、機嫌を言ふべからず。とかくのもよひなく、足を踏み止むまじきなり。
春暮れてのち夏になり、夏果てて秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、夏より既に秋は通ひ秋は即ち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅も蕾みぬ。木の葉の落つるも、先づ落ちて芽ぐむにはあらず、下より萌(きざ)しつはるに堪へずして、落つるなり。迎ふる気、下に設けたる故に、待ちとる序甚だ速し。
生・老・病・死の移り来る事、また、これに過ぎたり。四季は、なほ、定まれる序あり。死期は序を待たず。死は、前よりしも来らず、かねて後に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し
私訳
俗世間に生きる人というのはタイミングを知らなければならない。タイミングが悪いと話を聞いてもらえず、相手の思っていることとも合わないので事を成し遂げられない。だから、タイミングというものをよくよく考えなくてはならない。
しかし、病気になる、子供を産む、死ぬ、というのはタイミング云々とは言ってられない。タイミングが悪いからと言って先延ばしになることはない。仏教では、生・住・異・滅が絶え間なく変化すると説く。それはあたかも急流が流れ行くように、一時も休まず、あっという間に流れ去ってしまうのだ。
だから宗教的なことであろうと俗世間のことであろうと、必ず成し遂げたいと思っていることがあるならば、タイミングがいい悪いは関係ないのだ。とにかく今すぐにでも、その足踏みを止めて前へ踏み出さなければならない。
春が終わって夏になる、夏が消えて秋になる、というわけではない。春の中に夏の気配が増えてきて、夏になったときにはもうそこに秋の気配が含まれているし、秋になればもう寒さが増してくる。木の葉っぱが落ちるのも、葉っぱが落ちてから新しい芽が生えるのではなく、新しい芽が生える下からのそのパワーに圧倒されて、耐えきれずに上の残りの葉が落ちるのだ。季節の移ろいが速いのは、新しい季節の中にすでに次の季節が含まれているからだ。
しかし、生・老・病・死の移り変わりはこれよりもっと速い。四季は移ろいが速いと言っても規則性があるが、死には規則性がないからだ。死は前からやってくるだけではない、後ろからも襲ってくる。「人は死ぬものだ」とだれもが分かってはいるが、とりあえず今日や明日に死ぬとは思っていないのだ。たとえて言うなら、沖の方にある干潟がまだ海に沈んでいないから大丈夫だと思っているうちに、背後の磯が海に沈んでしまうようなものだ。

生きとし生けるものに必ず死が到来する。しかしその到来はいつかはわからない。明日かもしれないし、来年、十年後二十年後かもしれない。しかし、一瞬一瞬が死へと向かうやむことのないカウントダウンであることは誰にとっても確実なことである。こうした感性は、現実世界の外側にはっきりと知覚できるものではなく、この世界の中にいながらその背後に透けて見えるものである。

徒然草に見られる無常観は鎌倉時代にあれほど熱狂的だった来世信仰から徐々に現実世界に関心が寄せられるという中世後期に向かう思想の変遷がある。これは、大局的には禅林を経由した宋学、朱子学の隆盛にも緩やかながらつながっていくのかもしれない。


8.2 『風姿花伝』ー世阿弥と能の思想ー

8.2.1 風姿花伝

世阿弥は猿楽の一座を率いる観阿弥の子として生まれる。能の大成者として有名である。

世阿弥の著した芸能論『風姿花伝』は、子供時代から思春期の声変わり、二十歳を過ぎ、中年になり老いるまでの段階的な、そして具体的な記述がある。さらに、芸をきわめるものとしての精神論についても深く言及している。

上手は下手の手本、 下手は上手の手本なりと工夫すべし。 下手のよき所を取りて、 上手の物数に入るる事、無上至極の理なり。 人のわろき所を見るだにも、我が手本なり。 いはんや、よき所をや。 「稽古は強かれ、諍識はなかれ」 とは、これなるべし
私訳
上手な人は、下手な人にとってのお手本となる。しかし同時に、下手な人も上手な人にとっての手本になるのだ。本当に上手な人は、下手な人の中にも上手なところ、自分より優れたところを見いだすことができる。そうしたところを取り入れて、さらに自分の芸に取り入れることこそ最高の芸道である。下手な人を見たって自分の手本となるのだ。上手な人を見て手本としないわけがないだろう。「一心に稽古をしなさい、かたくなさはあってはいけない」とはこういうことである。

世阿弥のこうした姿勢は、これ以降の近世、そして近代にいたっても、芸人や職人に見られる一途な向上心、(いい意味での)こだわりを賛美するような下地を作ったとも言える思想である。


8.3 その他の芸能・芸道論

ほかにも、茶の湯、連歌、いけばななど、多彩な芸能、芸術が花開いた。室町という気風は、鎌倉以降の動乱が続く時代ではあったが、自由でオープンな"異端者"を多く生み出す風土があった。それは、中国の元王朝の時代に自由な芸術が花開いたのと時を一歩ずらしてかさなる。そして室町時代と重なる明の時代の中国では朱子学が勃興する。この後の日本の朱子学ブームの到来を予感させている。


8.4 まとめと感想

思想史としては扱うのが難しかったかもしれないが、徒然草は日本の古典史上類を見ないほど優れたエッセーであり、風姿花伝は芸道論としてまさに一級品であると感じた。徒然草には哲学的な示唆に富んだ文章が多くあり、とくに人の欲望、浅ましさをユーモラスに描きつつ、一方では常に死を見据えながら悲観せずに今このときに情熱を向けて楽しむ姿勢は現代においても意味のあるメッセージを投げかけてくれる。風姿花伝の「上手は下手の手本、下手は上手の手本」常に忘れてはならない言葉である。

近世の始まり、朱子学の前哨、新しい時代の転換期がここにあると思う。

すらすら読める徒然草

徒然草の中から合計五一段分を抜き出して、テーマごとに分けてわかりやすい現代語訳を併記している。各テーマの終わりには筆者の解説がついている。徒然草は雑多な構成がおもしろいとはいえ、こうしたテーマごとの区分で理解するとたしかにわかりやすい。第二章の「しばらく楽しぶ」と第四章の「生死」がおもしろい。このブログで引用した合計三段分もその二つの章から。

すらすら読める風姿花伝

風姿花伝のダイジェストをわかりやすく解説。教科書で引用された箇所や、「上手は下手の手本」など、芸道の精神が多い。

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